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Today's Lineup
元町・中華街駅→ (山手地区港の見える丘公園横浜市イギリス館山手234番館エリスマン邸ベーリックホール山手公園
外交官の家)→ ブラフ18番館→ (横浜中華街関帝廟媽祖廟)→ (山下公園氷川丸)→ (日本大通り横浜税関資料展示室)→
みなとみらい赤レンガ倉庫カップヌードルミュージアム)→ みなとみらい駅


引き続き山手本通りを歩く。
(右)代官坂上。元町に降りていく坂で、文字通り代官屋敷があった事が名の由来であるという。

山手本通り 代官坂上

(左)土地柄か、やはり、教会の建物も多く見かける。末日聖徒イエス・キリスト教会というモルモン教の教会らしい。
(右)山手46番館(旧アイリン・ヴェロス邸)だとか。

イエスキリスト教会 46番館

山手本通りが続く。
カトリック山手教会は、関東大震災で倒壊、昭和8年再建の建物だという。

山手本通り 山手カトリック教会

山手公園

教会の角を曲がり、山手公園に入ってきた。
なんでも、明治からの歴史がある公園で、日本におけるテニス発祥の地であるとか。
また、日本最初の洋式公園(明治3年だとか)という案内板も立っている。

山手公園 山手公園

日本で最初のテニスクラブが誕生したことを記念して建てられたという横浜山手テニス発祥記念館。
昔のテニスラケットやテニスに纏わる資料が展示されている。

横浜山手テニス発祥記念館 横浜山手テニス発祥記念館

テニスコートの管理事務所には“68番館”の表示がある。
昭和9年に建てられた外国人向け賃貸住宅だったが、昭和61年に移築し再利用しているものらしい。

68番館 68番館

再び、山手本通りに戻る。
右手には、元町方面の街並みが望め、ここが丘陵地であることが感じられる。

山手本通り 山手本通り

山手イタリア山庭園

標識の→に従い、山手イタリア山庭園なる場所に向かう。
なんでも、明治13年から明治19年までイタリア領事館がおかれたことから「イタリア山」と呼ばれていた土地であるという。

山手イタリア山庭園

外交官の家


入り口付近に「外交官の家」なるものが見える。
明治政府の外交官として、ニューヨーク総領事やトルコ特命全権大使などを歴任した内田定槌の旧邸宅だという。
明治43年、東京渋谷の南平台にアメリカ人建築家の設計で建てられ、平成9年に移築されたものらしい。

外交官の家 外交官の家

外交官の家 外交官の家

外交官の家 外交官の家

ブラフ18番館


もう一つ、ブラフ18番館という建物がある。
関東大震災後に山手町45番地に建てられた外国人住宅で、戦後はカトリック山手教会の司祭館として平成3年まで使用されていたという。
その後、この場所に移築され平成5年より公開されているのだとか。

ブラフ18番館 ブラフ18番館

ブラフ18番館 ブラフ18番館

ここまで、前半では、みなとの見える丘公園から山手イタリア山庭園まで、横浜山手の洋館エリアを歩いてきた。
幕末明治の横浜開港に始まる歴史ある街並みであるが、昭和初期くらいの比較的新しい建物が多い印象だった。
これには、関東大震災の影響が大きいようで、地震がなければ、あるいは、もっと古い立派な洋館が多数立ち並んでいたかもしれない。
ここからは、山手の丘陵地を下り、西洋街から中華街へと向かっていく。


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