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三學院蕨宿入口(浦和側)蕨駅


メインストリート旧中山道に戻ってきた。
それなりに歩いた気もするが旧中山道の直線距離だけで見ると大した長さではないと言うより短い行程だ。
(右)右手に見える旧家はちょっと目立つというか目につく。

旧中山道 旧中山道

「鈴木薬局」の看板があるので、まあ、薬局なんだろう。

旧中山道 旧中山道

この店は天保年間の創業だと言う手作り煎餅の「萬壽屋」。
テレビでは、店先で煎餅を焼く雄姿が放映されていたが、いつも外にいるわけではないようだ。
(右)「萬壽屋」の角を曲がると、次の目的地三學院の山門が見えてくる。

萬壽屋 旧中山道 旧中山道

三學院

蕨市歴史民族資料館に展示してあった「家康の朱印状」が発行されていたのがここ三學院である。
同様の朱印状は歴代将軍からも下されていたらしく幕府からの公認と庇護を受けていた寺院と言えるだろう。
現在でも、境内の大きさや建物類の充実ぶりからして、蕨宿で最も繁栄していたお寺であろう事は想像に難くない。
(左)山門の向こう側まで参道が続き奧に仁王門が見える。
(右)目疾地蔵、六地蔵、子育地蔵など江戸時代から蕨宿を見守るお地蔵さんたち。

三學院 三學院

(左)建造物は新しいものに見えるが、いろいろ揃っている。そんな印象。
(右)左に目を転じると長屋門のような門もある。

三學院 三學院

仁王門と仁王像。

三學院 三學院 三學院

(左)本堂。結構新しそうに見える。
(右)鐘楼と五重塔じゃなくて三重塔だった。

三學院 三學院

(左)その三重塔。これも古いものには見えない。
(中)水盤にいる金の亀。山号が「金亀山」だからか。
(右)12尺とあるのでおよそ3.6mと思われる弘法大師。

三學院 三學院 三學院

(左)梵鐘。
(右)蕨宿関係墓石群。代々本陣を勤めた「加兵衛家」と「五郎兵衛家」、脇本陣を勤めた「新蔵家」などだとある。
旧中山道に本陣跡のモニュメントが建っていたのが「加兵衛家」で対面にも「五郎兵衛家」と言うのがあったらしい。

三學院 三學院

裏手には茶室用の庭だというフィールドもある。やはりこのあたりでは際だって大きいお寺だ。

三學院 三學院

定番の滝や石灯籠のある日本庭園。竹垣もある。

三學院 三學院 三學院

旧中山道に戻ってみると、先程は気がつかなかったが「萬壽屋」の斜め前の建物にゴリラが上っている。
なんだか良くわかんないので、だからどうって話でもないのだが・・・
更に旧中山道を先に行くといよいよ蕨宿の終点が近くなる。
(右)蔵のある旧家。旧宿場の街並みではこのような旧家が残っている事が多い。

旧中山道 旧中山道

(左)「神輿・神具・仏壇・仏具」の看板がある。この建物も特徴的な外観でいかにも古そうに見える。
(右)この旧家の裏手に回ると・・・

旧中山道 旧中山道

ネットに、現在唯一残っている「徳丸家のはね橋」として載っていた場所に出て来た。
昔、蕨宿の周囲は用水堀が囲んでおり、この「はね橋」を利用して家の出入りをしていたのだという。
この構造は蕨宿独特の珍しいもので防犯と防火を兼ねていたものらしい。
勝手に名所らしい凄いのがあるのかと思っていたのだが・・・まさかのただの板?いや、貴重な遺構に違いない・・・

徳丸家のはね橋 徳丸家のはね橋 徳丸家のはね橋

中山道 蕨宿 入口(浦和宿側)

旧中山道に戻ると、どうやらこのあたりが終点になるようだ。
「中山道ふれあい広場」なるスペースがあり、蕨宿の説明や観光マップが掲載されている。
なんだか、からくり時計と白い塀も建っている。

中山道ふれあい広場 中山道ふれあい広場

塀に描かれているなんとなくそれっぽい絵。

中山道ふれあい広場 中山道ふれあい広場

旧中山道は再び国道17号の中山道と合流(分岐)し、浦和宿側の「中山道 蕨宿」ゲートがある。
とりあえずの旧中山道を端から端まで歩いた所で今回の蕨宿編は終了。
旧中山道を引き返しJR蕨駅へと戻る。

蕨宿入口(浦和側) 蕨宿入口(浦和側) 蕨宿入口(浦和側)

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