HOME松戸編戸定邸

戸定が丘歴史公園は、水戸藩11代(最後)の藩主徳川昭武の別邸だという。
この徳川昭武は、あの最後の将軍徳川慶喜の実弟だ。
その慶喜の名代としてパリ万博に派遣され、そのまま留学していたが、幕府が倒れ帰国してみたら、
こちらも兄の水戸藩主徳川慶篤の急死しという事態に見舞われて藩主を継ぐ事になる。
あたかも、水戸藩の幕を引くために帰国したような徳川昭武であるが、
その後も、万国博で訪米したり、再度パリに留学するなど、着実にキャリアを重ねているように見える。
ところが、30歳を過ぎた辺りで、あっさりと家督を譲り隠居してしまうのだ。
まあ、薩長が仕切る新政府にあっては活躍の場もなかったかもしれないのだが。
その時の隠居先が、ここ松戸で、戸定邸は、別邸と言っても昭武にとっては住居であったようだ。
その後、昭和26年、昭武の子の武定により建物と敷地が松戸市に寄贈され、現在は市の所管となっている。
園内には、戸定邸戸定歴史館があり、この2つを見るって事らしい。


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松戸駅善照寺宝光院松戸神社戸定邸松戸駅


ちょこっと坂を上がった先に茅葺きの門が見てくる。

戸定が丘歴史公園 戸定が丘歴史公園

(左)戸定歴史館の建物。当然、徳川昭武関連の展示がなされている、小っこい資料館。
徳川慶喜とは、写真などの趣味が共通していて、往来も盛んにあったんだとか、2人による写真も展示されている。
(右)戸定邸の玄関。明治の建物とは言っても、大名家の下屋敷の建築様式だとかで、国の重要文化財となっている。

戸定歴史館 戸定邸

建物に囲まれた中庭。

戸定邸 戸定邸

使者の間。

戸定邸 使者の間 戸定邸 使者の間

(左)客間。
(右)縁側。

戸定邸 客間 戸定邸

庭側から見た戸定邸の建物。(毎月10日に庭に下りての見学が可能)

戸定邸庭 戸定邸庭

戸定邸庭 戸定邸

(左)庭から市街地の眺め。
(右)洗面台。

戸定邸 戸定邸 洗面台

(左)八重の間。

戸定邸 八重の間 戸定邸 

(右)湯殿。

戸定邸 湯殿 戸定邸 湯殿

秋庭の間。

戸定邸 秋庭の間 戸定邸 秋庭の間

(左)蔵の中にある長持。

戸定邸 戸定邸

戸定邸を出て、公園もあとにする。

戸定邸 戸定邸

松戸神社付近、陣屋口橋まで戻ってきた。
どうでも良いが、マンホールの蓋が、矢切の渡し→コアラ(何の関連が?)に変わっていた。



目の前に江戸川の土手があったので、上がってみたが、別段何も思いつかずにすぐ下りる。




松戸駅まで戻ってきた。
今回、小金宿・松戸宿としては、あまり、それらしい光景は見いだせなかった。
印象として残ったのは、前半では、本土寺と小金城主の高城氏の存在だ。
後半の松戸では、やはり戸定邸か。
今日は、これ以上、行くところも思いつかないので、ここまでとする。
あとは、帰りの電車を待つだけだ。



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