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本土寺の参道を引き返す。
交差点に“大谷口歴史公園(大谷口城跡) 500M"とあるので、その方面に行ってみる。



大谷口歴史公園(小金城跡)


大谷口歴史公園


小山か...土手か...そんなのが見えてくると、間もなく、その大谷口歴史公園だ。
小金城(大谷口城)は、戦国時代、北条氏に与していたという高城氏の居城で、
秀吉の小田原攻めによって落城している。
その後、関東に拠点を移した徳川家康の五男武田信吉の居城となるが、信吉が佐倉城に去るに及んで廃城となったらしい。
高城氏は、ローカルな領主と言っても、支配地は松戸、市川、柏、鎌ヶ谷、我孫子あたりに及ぶ広いものだったと言う。
当時は、この小金城の縄張りも、かなり広大なものだったようだが、ほとんどが住宅地なんかになっている。
現在は、城の縄張りの極一部が遺構として保存されているだけの、もの凄く地味なスポットである。


公園内には、いくつか城の遺構についての案内板が立っている。
これは障子堀についてのもの。間仕切りのある空堀で、砂地に造られているため水はけが良いのだとか。
メリハリが画像だと分かりにくが斜面に溝が掘られている・・・というより溝以上のものには中々見えない。

大谷口歴史公園 大谷口歴史公園

土塁らしき斜面を上がった所に、小金城跡の碑がある。
紅葉スポットだった本土寺から一転して、人っ子一人いないマイナー史跡へと足を踏み入れている。

大谷口歴史公園 大谷口歴史公園

(左)土塁らしき斜面を下りる。
(右)畝堀。特徴的なはずのウネウネしてる?凸凹部分は、間近で見てもほとんど分からなかった。

大谷口歴史公園 大谷口歴史公園

(左)金杉口跡。いわゆる虎口と呼ばれる進入ゲートの一つ。この辺りから、出入りしてたってことだろう。
(右)虎口のあたりから公園を出ると、「大谷口歴史公園」の碑がある。兜型のものが上にのっかっている。

大谷口歴史公園 大谷口歴史公園

広徳寺(小金城主 高城氏菩提所)


大谷口歴史公園


少し歩くと、小山のような感じで、お寺が見えてくる。
この広徳寺は室町時代、小金城主高城胤吉により創建された禅寺で、
小金城の支城「中金杉城」跡地とも言われる場所だという。
高城氏菩提所とあり、ここも地元の領主ゆかりのスポットだってことだ。
寛政、明治、大正と度重なる火災で、宝物などは灰燼に帰したとあり、
本堂なども、たぶん古いものではないのだろう。
ここにも、人影が見えない・・・いや、一人いるか・・・



広徳寺 広徳寺

(左)鐘楼。
(右)紅葉シーズンということで、少しは、それっぽい画も。

広徳寺 広徳寺

高台にある「小金城主高城氏の墓所」。墓石は江戸時代のものとあり、市の史跡となっている。

広徳寺 広徳寺

逆光で眩しいながらも、高台から見た小金の街並み。左側には、大谷口歴史公園の小山が見える。
(右)「小金城主高城公の重臣 田嶋刑部少輔時定之墓」とある。

広徳寺 広徳寺

広徳寺をあとにして、北小金駅に戻るように歩いていると、「小金城達摩口跡」なんてところに。
ここも虎口というやつで、城の出入り口の一つだったらしい。僅かに土手の一部が残ってるような感じだ。

小金城達摩口跡 小金城達摩口跡

無駄に坂をアップダウンしながら(わざとではない)、住宅街を適当に歩いてJRの線路沿いに戻ってきた。
どうでも良いことだが、マンホールの蓋が、「矢切の渡し」デザインだ。(同じ松戸市でも、ここからはあまり近く感じない)
次は、駅の反対側に行くのだが、その前に線路沿いにあった慶林寺によってみる。

矢切の渡しのマンホール

慶林寺


ここ慶林寺も、高城氏一族ゆかりの寺院(曹洞宗)らしい。
小金城主高城胤吉の子、胤辰が、母の桂林尼を弔うために建立したものだという。(故に始めは桂林寺だったともある)
ここでも、また人影は皆無だ。
(右)境内は、こぢんまりとしたもので、七福神の寿老人がひっそりと立っている。

慶林寺 慶林寺

(左)史跡になっている「桂林尼の墓」。
案内板には、現在の墓石は子孫が享保年間に建てたもので、銘の一部が間違ってるなんて書いてある。
(右)これも史跡になっている、小金牧の野馬奉行・綿貫氏の墓。
“小金牧"と言うのは、江戸幕府の軍馬放牧場の一つらしい。

慶林寺 慶林寺

北小金の駅まで戻ってきた。
この後は、駅の南口に出て、小金宿のあった旧水戸街道へと向かう。

JR線路 北小金駅北口

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