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古河市は、埼玉県や栃木県との県境に位置していて茨城県西側の端っこにある。
江戸時代には、古河藩の城下町であり、日光街道の古河宿であった。
江戸近郊と言うこともあり、小笠原秀政に始まり土井利勝などと言った、譜代大名が歴代藩主を務めている。
遡って室町期には、「古河公方 足利氏」が本拠地としたところでもある。
「関東管領上杉氏」と勢力を2分していたとは言え、「後北条氏」が台頭するまでの一時期には、
関東のリーダーを擁していた土地と言うことだ。
−−−歴代古河公方−−−
足利成氏→足利政氏→足利高基→足利晴氏→足利義氏→足利藤氏(イレギュラー)→氏姫(名目上)
−−−歴代古河藩主−−−
【小笠原家】小笠原秀政(正麟寺、隆岩寺)
【戸田松平家】松平康長(雀神社社殿)
【小笠原家】小笠原信之→小笠原政信
【奥平家】奥平忠昌
【永井家】永井直勝(永井寺)→永井尚政
【土井家】土井利勝(正定寺)→土井利隆→土井利重→土井利久→土井利益(本成寺、頼政神社)
【堀田家】堀田正俊→堀田正仲
【藤井松平家】松平信之→松平忠之
【大河内松平家】松平信輝(頼政神社)→松平信祝
【本多家】本多忠良→本多忠敝
【松井松平家】松平康福
【土井家】土井利里→土井利見→土井利厚→土井利位→土井利亨→土井利則→土井利則


Today's Lineup
古河駅徳星寺正麟寺本成寺雀神社永井寺頼政神社永井路子旧宅正定寺篆刻美術館隆岩寺長谷観音
古河総合公園一向寺鷹見泉石記念館古河歴史博物館古河文学館福法寺古河駅


今回のスタートはJR古河駅。まあ、普通そうか。
この古河が観光地化するのは、花桃のシーズンであるらしい。
植物は、あんまり知識も興味もないのだが、この季節に合わせてきたのは、自転車の無料レンタルがあるからだ。
当日は、基本的に晴天であったが、市内には、黒雲が立ちこめている。
電車からは、あたかも集中豪雨でも降るのかのように見えたのだが、どうやら大規模な野焼きのせいらしい。
(右)静かに出番を待つ“桃チャリ号"たち。

JR古河駅 桃チャリ号

“桃チャリ号"を駆り、早速市内へと繰り出す。
街並みは、一見、ごく普通の町なのだが、所々古い蔵などの建造物が残り、歴史ある町の面影がある。
(左)鎌倉から古河公方足利成氏と共に移ってきたという「神宮寺」。やはり黒煙で空は暗い。

神宮寺

(左)日光街道古河宿道標。日光道と筑波道の分岐点なんだとか。
(右)“よこまち柳通り"だとか。

日光街道古河宿道標

徳星寺


鎌倉時代の創建の真言宗寺院徳星寺に来た。
往時は、古河公方足利成氏の祈願所でもあったことからも、ステータスは高く、先程の「神宮寺」は末寺であるらしい。
(中)定番の弘法大師像だが、四国八十八札所霊場の砂が撒いてあって、手軽に御利益が得られるらしい。
徳星寺のHP

徳星寺 徳星寺 徳星寺

正麟寺


鷹見泉石

徳星寺の並びにある曹洞宗 正麟寺は、初代の古河藩主小笠原家ゆかりの寺院だ。
なんでも、武田信玄と信濃を巡って争った信濃守護小笠原長時の菩提寺らしい。
創建者は、初代藩主の小笠原秀政か?先代の貞慶か・・・そのどっちか。
また、門前に、「贈従四位 鷹見泉石先生墓所」とある。
幕末の古河藩主土井利位の家老だった人物らしい。
蘭学、地理などの分野にも通じていて、筋金入りの地図マニア?だったようだ。
ローカルな有名人かなと思ったが、意外に全国区なエピソードもある人で、
主君利位が大阪城代だった時に発生した、大塩平八郎の乱に際しては、
直接鎮圧の指揮をとっていたのが、この人だとか。
また、親交のあった渡辺崋山の描いた肖像画が国宝になっているとかで、
結構面も割れている人物らしい。


正麟寺 正麟寺 正麟寺
正麟寺 鷹見泉石の墓

本成寺


これも並びにある日蓮宗本成寺は、土井利勝系の五代藩主土井利益ゆかりの寺院だ。
門前には、史跡になっている墓所がいくつかあるような表示がある。石造物の並ぶ参道の先には赤門が見える。

本成寺 本成寺 本成寺

本成寺 本成寺 本成寺

本成寺


(左)古河城主土井利益の生母(法清院殿)墓所。
(中)河口信任の墓。藩主土井利里の御側医で人体解剖書「解屍編」を著わす。
「解体新書」より2年早いだとか。
(右)小出重固の墓。土井利厚の代の公用人。
国学者、歌人としても活躍したらしい。地誌「古河志」を著わす。



法清院殿の墓 河口信任の墓 小出重固の墓

引き続き“桃チャリ号"を走らせ渡良瀬川の土手へとやってきた。
折角なので土手を上がってみると、町を曇らせているものの正体“野焼き"の現場だった。

渡良瀬川の土手 渡良瀬川の土手

川が見えないほど広大な渡良瀬川の河川敷。ところどころで煙が上がっている。

渡良瀬川の土手

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