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「長寿寺」の横から、「源氏山」方面に向かう「亀ヶ谷坂」を歩く。
鎌倉七口」と言われる場所の一つで、いわゆる"切り通し"というやつだ。
ただ、印象ほど急な坂道ではない。急な部分も、あったかも知れないが長くはない。
(右)「田中智学獅子王文庫趾」と読める。明治期から昭和初期にかけての宗教家だとか。
神社の石碑なんかで良く見かける「八紘一宇」と言う言葉を作り出した人物らしい。

亀ヶ谷坂 亀ヶ谷坂 亀ヶ谷坂

薬王寺(蒲生忠知 妻子の墓)


道沿いに現れた「薬王寺」に立ち寄る。
鎌倉時代に真言宗から日蓮宗に改宗したのがルーツだとなっているが、それ以上は面倒なので端折って・・・
ここには、意外にもと言って良いだろうか、徳川忠長の供養塔がある徳川家所縁のお寺らしいのだ。
兄の徳川家光と、どうにも、反りが合わなかったらしい忠長だが、その確執は周囲をも巻き込み忠長が自刃に追い込まれるほど激しいもの。
そうして、残された正室「松孝院」によって追善供養の法要が行われたのが、ここ「薬王寺」だったと言うことらしい。
また、蒲生氏郷の孫である“蒲生忠知の妻子”の墓があるという。
(右)徳川忠長の供養塔は境内に入って右手にある。

薬王寺 徳川忠長の供養塔

(左)釈迦堂なので、「釈迦如来」だろう。
(右)右側の慕域にある蒲生家の墓。階段上の宝筐印塔2つがそれだ。

薬王寺 蒲生家の墓

本堂にある「日蓮上人像」と思われるもの。その上には「三葉葵」も見える。

薬王寺 薬王寺

岩船地蔵堂


引き続き山に向って歩く。
そう言えば、坂を上って、下りてるので、このあたりは谷間ってことか?
左写真は、道にポツンと置かれている「海蔵寺 岩船地蔵堂」。
源頼朝の娘「大姫」を祀っているんだとか。
平成13年に再建したって書いてあって、まだ新しく見える。
次は、「海蔵寺」に向う。



海蔵寺(十六の井)


海蔵寺は、鎌倉幕府滅亡の際に一度壊滅し、室町時代、扇谷上杉氏定により再興されたのだという。
当時は、たいそう繁栄していたようだが、現在は、こぢんまりと残っている感じだ。まあ、大抵はそんなもんか。
とは言え、必ずしも、建長寺円覚寺のような、デッカイお寺ばかりが、良いと言うものでもない。
山に囲まれた、境内の風景は、充分に趣のあるものだ。
臨済宗建長寺派の禅寺で、本尊は「薬師如来」だそうだ。

海蔵寺

(左)ここにもまた「鎌倉十井」が。「底脱の井」だって書いてある。
なんでも、安達泰盛の娘が、水汲んだら水桶の底が抜けた・・・なんて、ベタなネーミングだ。
(中)この山門は、平成15年再建と、えらく新しいものみたいだ。
(右)鐘堂は、昭和38年製。“鐘”は、結構古いのが残りやすい気がするのだが、それも残らなかったのだろうか。

海蔵寺 海蔵寺 海蔵寺

(左)本堂(龍護殿)は、大正時代のものらしい。
(中)この仏殿は古そうに見える。先ほどの「浄智寺」から江戸時代に移築したんだとか。
(右)市の文化財になっている薬師三尊像。未だ金ぴかに輝く姿は素人目にも貴重なものに思える。

海蔵寺 海蔵寺 海蔵寺

右写真は、本堂の裏側にある庭園。庭の善し悪しなどわからないが、見事なものに見える。

海蔵寺 海蔵寺

拝観料100円で見られる「十六の井」がこれ。横穴の底に穴が、たぶん16個空いてる。それだけ。

海蔵寺 海蔵寺 十六の井

道は、「源氏山」に向けて再び上りに入る。
このあたりは、また「鎌倉七口」の一つ「化粧坂」の切り通しだ。
一見すると、足場の悪い、蛇行した急坂なのだが、見た目ほど過酷でもないし距離も大してない。

化粧坂 化粧坂

源氏山公園(源頼朝像)


源氏山


「化粧坂」を上りきって、「源氏山公園」に到着。銅像があるだけだが。
ここでは、前九年の役の出陣に際して源頼義が山上に白幡を立てて
戦勝を祈願したんだとか。
後に源頼朝も、それにあやかって同様に先勝祈願をしたものらしい。
そして、銅像になっているのは“頼義”ではなく“頼朝”。
やはり、知名度の差なのか、せめて息子の“八幡太郎義家”であれば
違ったかもしれない。


源氏山

宇賀福神社(銭洗弁財天)


ちょっと、山を下り気味に歩くと、すぐに「銭洗弁財天」へと到着する。
今更言うまでもなく、お金を洗うと何倍にも増えるかも知れない・・・ことで人気のスポットだ。
とりあえず、夢のお告げによって源頼朝が造った・・・なんて、とってつけたような伝説があるらしい。
まあ、要は、ここには、ほとんどの庶民(推定)が、何かを観るんじゃなくて、お金を洗いに来てるってことだ。

銭洗弁財天 銭洗弁財天

まさに、山中にある感じの境内は広いものでない。

銭洗弁財天 銭洗弁財天

ここは「鎌倉五名水」の一つ。だから名所なのだが、とにかく水にこだわりのある土地柄だ。
この奥宮が、人々が競って“銭”を洗うところ。
宝くじ並みに難しい庶民の願いは叶うのか・・・

銭洗弁財天 銭洗弁財天

佐助稲荷神社


付近には「佐助稲荷神社まで3分」と表示があったので行って見ることに。
(左)その3分でこられるのは、この社務所のあたりまでだろう。
「縁結び十一面観音菩薩」のご開帳(ちっこい祠だが)だとかで行列が出来る人気だ(並ぶ気はしなかった)。
その先に、赤鳥居の連打が現れ、それをくぐるとやっぱり階段が出現。

佐助稲荷神社 佐助稲荷神社 佐助稲荷神社

ここもまた、とってつけたような伝説が由来として伝わっているようだ。
要は、頼朝がここの神様の夢のお告げで挙兵したんだとか。
一説には、当時「佐殿」と呼ばれていた頼朝を助けたから「佐助」なんだとも。
少なくとも、あのお馴染の"忍者"とは関係ないみたいだ。
(左)この階段を上がるとあるのが、たぶん拝殿。
(右)更に、少しある階段を上がると、そこが本殿だと思う。
何はともあれ、鎌倉でも、有数の自然を感じる事の出来るスポットではないだろうか。

佐助稲荷神社 佐助稲荷神社

(左)これが、本殿だろう。小っこいのが、ちょこっとあるだけ。
(中)一段下りたところにある、たぶん拝殿。このあたりが、一応落ち着くスペースのあるところ。
(右)“お稲荷様”なので、“キツネ”も写してみた。

佐助稲荷神社 佐助稲荷神社 佐助稲荷神社

(左)現在まで残る「霊狐泉」なる湧き水。
(中)そこら中を、駆け回る“リス”も人気だ。いかにも山寺(神社だけど)って感じの雰囲気が良い。
ただ、野生リスは、ややネズミっぽいので、カワイイかは微妙な気がするのだが・・・
(右)先ほどの「縁結び十一面観音菩薩」まで下りてきたところ。女性宮司?によって祝詞?が読まれている。

佐助稲荷神社 佐助稲荷神社 佐助稲荷神社

これからは、鎌倉市街の方に向って歩く。
北鎌倉方面からは、曲がりなりにも、「亀ヶ坂」とか「化粧坂」とか坂を上がってきたのだが。
下りは、特に山を下りると言う感覚もなく町に出る。存外、ちっこい山だったんだな。
(左)「佐助トンネル」らしい。
(右)この竹の奥っていう佇まいが、なんとなく、鎌倉らしいなあと思って入った「そば処 五島」。

佐助隧道 そば処 五島

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