HOME<<日野(井上源三郎)

今回の「日野編」では新選組ゆかりのスポットを巡る。
この地には「天然理心流佐藤道場」があり、初期の新選組主要メンバーが顔を合わせた場所であるという。
当然、この日野を出身地とする重要人物もいたわけで、それぞれの子孫が歴史の伝承と観光の一翼を担っている。
また、このあたりは、大久保長安が甲州街道の5番目の宿場町として日野宿を開設していた場所でもあり、
関連スポットとしては、宿場の中核施設である「本陣」が残存しており一般公開されている。
この度キーマンとなる人物としては、次の3人が登場する。
<土方歳三>
言わずと知れた新選組鬼の副長。日野市石田の出身地。函館戦争で討死(享年35)。
何処に行っても左タイプの写真を見かける。主役の中の主役。
<井上源三郎>
新選組の六番隊組長。日野市日野本町の出身。鳥羽・伏見の戦いで戦死。(享年40)
時代劇では爺さんに近いイメージだが京都でバリバリやってた頃は30代中頃から後半。
<佐藤彦五郎>
日野宿で名主を努める家系に生まれる。新選組メンバーではないが天然理心流の同門。
新選組のスポンサーで、春日隊を率い甲陽鎮撫隊に参加する。
維新後も新政府の追求をかわし生き延びている。影の主役か。(享年76)

今日はまず、日野宿周辺では、主に井上源三郎佐藤彦五郎関連をまわり、 そして旧石田村エリアに移動し
土方歳三ゆかりのスポットを巡る。 最後は高幡不動へと、まあ、だいたいそんなルートになる。


<<Today's Lineup>>
日野駅宝泉寺八坂神社井上源三郎資料館日野宿本陣日野宿交流館 大昌寺佐藤彦五郎新選組資料館
甲州街道駅→(多摩モノレール)→ 万願寺駅土方歳三資料館 石田寺高幡不動尊 高幡不動駅


日野駅 日野駅


JR日野駅を降りたところ。
この日は、日野駅開業120周年
イベントと重ねったようで改札から
大量の人々が掃き出されてくる。
駅前には新選組たちの姿も。
まずは、一番近そうな宝泉寺
目指して歩く。



宝泉寺

駅からちょこっと行ったところにそれらしい塀が見えてくる。
鎌倉時代の創建だと言うここ宝泉寺は、新選組六番隊組長井上源三郎の菩提寺だ。

宝泉寺 宝泉寺

(左)平成13年製の本堂。
(右)鐘楼。

宝泉寺 宝泉寺

目印の「誠」の幟に近寄っていくと井上源三郎が眠る井上家の墓所がある。法号は「誠願元忠居士」だとか。
天然理心流道場では近藤勇などの兄弟子にあたり、人望もあったことから新選組でも重きをなしたと言われる。
(右)「新選組 副長助勤 井上源三郎之碑」と刻まれた顕彰碑もある。

井上源三郎の墓 宝泉寺 井上源三郎の碑

八坂神社

続いては甲州街道沿いにある八坂神社に来た。
一見、何の変哲もない神社だが新選組ゆかりの神社と言うことになっている。
(右)通常非公開で見られなかったが、安政5年に奉献された天然理心流の剣術額があるという。
三代目の近藤周助を筆頭に近藤勇井上源三郎佐藤彦五郎沖田総司などの名が見える。
土方歳三はまだ入門前であったようでその名はない。

八坂神社 井上源三郎資料館

本殿は寛政12年に建造されたもので日野市の重要文化財だと言う。
(右)一瞬どこに江戸時代のものが?と思ったが、建物の中にあるこれのことらしい。

八坂神社 八坂神社

欣浄寺


路上に立つ「誠」の幟を目印にして井上源三郎資料館を目指す。
左は、資料館の間近にあった欣浄寺。幼稚園が併設されている。
こぢんまりとした境内には特に何にもないように見える。
ただ、鳥羽・伏見の戦いがあった当時、京都に同名の廃寺があり
討死した井上源三郎の首と刀がそこに葬られたという説があるらしい。
まあ、京都の話だけど・・・



井上源三郎資料館

蔵の壁面に「誠」の文字、分かり易い外観の井上源三郎資料館に着いた。
この蔵は、下町の江戸庶民から見るとお屋敷に見えるような井上家の敷地の一画に建っている。
井上家は代々、「八王子千人同心」の家系で、その千人同心だった源三郎の兄松五郎の子孫にあたる方が、
館長を努められ資料館のガイドもされていた。

井上源三郎資料館 井上源三郎資料館

井上源三郎資料館 井上源三郎資料館 井上源三郎資料館

館内には刀から書の類まで新選組や八王子千人同心ゆかりの品々が展示されている。
中でも印象に残ったのは、井上源三郎近藤周助より授与されたという天然理心流の免許。
この免許を得るには10年以上の年月を費やしたとあるから沖田総司のような天才肌タイプではなかったのだろう。
(右)体験用に天然理心流の木刀が置いてあった。特徴はごっつくて重い。

井上源三郎資料館 井上源三郎資料館

普門寺


次の目的地は日野宿のあった甲州街道沿い。
画像は、途中にあった普門寺。
ちっこいお寺で、これと言って見あたらない感じなのだが。
この観音堂が文化4年建立の市指定有形文化財なんだとか。
神仏分離前は、先程の八坂神社の別当寺であった所だとある。



精進場


目標地点は近距離・・・であるが地味に道を間違えながら歩く・・・
この用水みたいなところには「精進場」という案内板が立っている。
昔々日野の人々がここで禊ぎをしたなんてことが書いてある。
そろそろ地図を見直し、次のスポット日野宿本陣へと向う。



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