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(左)海沿いまできた。右折したコーナーに「明治憲法起草の碑」なんてものがある。
伊藤博文伊東巳代治金子堅太郎井上毅と言ったメンバーが集まり、 この辺にあった料亭東屋で明治憲法の草案を起草したんだとか。
(中)ちょっと先にも、「明治憲法起草の地碑」なんてのがあった。
(右)地元の不動産屋らしき看板。

明治憲法起草の碑 明治憲法起草の地碑 不動産屋の看板

瀬戸秋月

海沿いを歩いて「瀬戸橋」という橋の上にいる。
平潟湾へ宮川が流れ込む合流地点に架かる橋だ。
金沢八景に「瀬戸秋月」なんて、それっぽいのがある。
“瀬戸"を関するものとしては、ここ「瀬戸橋」と、 近くに瀬戸神社がある。
絵で見ると、中央が「瀬戸橋」、左の山が野島であろうか?
だとすると、川の上か、奧の橋から見てる事になりそうだが、
当時は、ここまで海だったのかも知れない。
左下は、「瀬戸橋」から平潟湾を見たところ。
写真では全然写っていないが、 釣り船の船宿や旅館などの建物がある一帯だ。
右下は、逆側の宮川を見ている。


瀬戸橋から平潟湾 瀬戸橋から宮川

この歩道橋を渡って瀬戸神社に向う。金沢区の泥亀町らしい。インパクトのある町名なので目に付いた。
ただ、“泥だらけの亀"はおらず、人名由来みたいで、要は“泥亀さん"がいたみたいだ。
なんでも、湯島聖堂の儒官であった永島祐伯(号が泥亀)が引っ越してきて新田開発したんだとか。そんな話だ。
先ほどの龍華寺に墓所があったらしい。
ちなみに、“泥亀"の号は、泥の中の亀を比喩的に表わしてるのだとか・・・

瀬戸神社前 泥亀町の歩道橋 瀬戸神社

瀬戸神社


小山の麓といったところにある瀬戸神社に来た。
ルーツが源頼朝にあるという歴史の古い神社だ。
金沢北条氏、足利氏、小田原北条氏、徳川家康と、その折々の権力者から保護されてきたようなことが書いてある。
更に、金沢八景が景勝地として名を馳せた事に伴い、この神社もメジャーになっていったらしい。
瀬戸神社の公式HP
社殿は、江戸時代寛政年間の再建らしい。境内は、こぢんまりとしているが、それでも空き地が多い印象。

瀬戸神社 瀬戸神社

(左)江戸時代に大風で倒れた“蛇混柏"だとか。江戸名所図絵にも描かれた名木で金沢八木の一つとある。
(右)見ての通りの絵馬。海に突き出て描かれているのが、この後訪れる琵琶島神社

瀬戸神社蛇混柏 瀬戸神社 絵馬

(左)その琵琶島神社は目の前、道の対岸なのだが、さっきの歩道橋に戻らないと渡れない。
(右)その歩道橋の上。右手が瀬戸神社で、左手に琵琶島神社、道路の先は、金沢八景駅前あたり。

琵琶島神社 琵琶島神社

琵琶島神社


ちょこっと平潟湾に突出した琵琶島にある琵琶島神社。琵琶の形に似た島だからって事らしい。そのまんまだ。
こちらの方は、北条政子をルーツとしている。
島も神社もほんとに、ちっこいものだが、海への展望が開けた景色はなかなかのもの。
(左)またあった「金沢四石」。源頼朝が服を掛けたんだと言う「福石」なる石だ。
(中)横浜金沢七福神の弁財天。

琵琶島神社 福石 琵琶島神社 弁財天 琵琶島神社

(左)それで、これが琵琶島神社。背後の車両は「金沢八景」〜「新杉田」間の沿岸を走るシーサイドライン。
(右)瀬戸神社方面。小山を背後にして建つ姿がなんとなく様になっているのは「千代本楼」という料亭らしい。
先ほど、「明治憲法起草の碑」の所で、伊藤博文らが、料亭「東屋」で明治憲法の草案を起草したなんて話があった。
その「東屋」はもうないらしいのだが、この「千代本楼」も当時から存在した老舗であるらしい。

琵琶島神社 琵琶島神社から平潟湾

平潟湾の光景。釣り船らしき舟が数多浮かんでいる。
右側から正面奧へと高架を走るのはシーサイドライン。左手奥には、あとで訪れる野島が見える。

琵琶島神社から平潟湾

(左)シーサイドライン金沢八景駅。
(右)合流した横須賀街道を歩く。横断歩道の奧は、京急金沢八景駅。
この先は、信号(あっても車用)も、横断歩道も姿を消し、時折ある歩道橋を渡るしか手段がなくなってくる。

シーサイドライン金沢八景駅 京急金沢八景駅前

金竜院


たまたま出てきた人に、“庫裏に声を掛ければ山に上れる"と聞かなければ素通りしていた金竜院
確か臨済宗で禅寺だった。早速、その山に登ってみる。

金竜院 金竜院

この小山の頂上は九覧亭と呼ばれ江戸時代人気の展望スポットであったという。
なんでも、金沢八景と富士山が一望できたから、足して“九覧"らしい。
とりあえず、この階段を上がっていく。

九覧亭 九覧亭

その頂上に来た。赤いのは昭和33年製の「聖徳太子堂」なんだとか。
残念ながら期待した展望は望めない。高さは充分だが、樹木が遮っている。
柵とかないので、無理にのぞき込むのは、相当に恐いと言うより無謀。

聖徳太子堂 九覧亭の眺望

スリッピーな坂にやや足を取られながら、小山を下りる。
またまた「金沢四石」が出現。本堂の裏庭なのか、塀の中にある。
(右)この「飛石」なるものに瀬戸明神が飛来し飛び移ったんだとか、そんな伝説だ。
ここには地震でこの山から落っこちて来たらしい。

金竜院 金竜院 飛石
金竜院 金竜院

泥牛庵


金竜院の対面に見えるのは泥牛庵。今度は“泥牛"か・・・
歩道橋が遠いので、車の切れ目を待って、走って横断。
この泥牛庵は、ちょこっと場所は変わっているものの鎌倉時代から存在してたらしい。
享保年間になって、六浦藩の米倉忠仰が陣屋を建てた際に、この場所に引っ越してきたんだとか。

泥牛庵 泥牛庵

茅葺の山門があって、その奧には、こぢんまりとした境内。“泥牛"のネーミングの由来は分からず。
(中)「金澤三十四箇所第十二番」だとか。どうやら“引越村"だったらしい。
この霊場めぐりには、今日回ってきた称名寺などの寺院も軒並みラインナップされているようだ。
(右下)境内に、“泥まみれの牛"はいなかったが、なぜだか“ワニ"はいる。

泥牛庵 泥牛庵 泥牛庵
泥牛庵

(左)また、歩道橋を渡る。このあたりは、やはり「金沢区 六浦」。京急の線路の向こうは鎌倉方面に抜ける道がある。
(右)六浦川を渡ったところで海沿いに進路を変える。
写真は、六浦川沿い。背後は、先ほどの金竜院の小山で、聖徳太子堂の屋根らしきものが見える。

金沢区六浦 歩道橋 六浦川沿い

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